[第4回全体会議]「アフリカの土地・資源をめぐるコンフリクト」(2012年01月28日開催)

日 時:2012年1月28日(土)10:00~14:30
場 所:京都大学 稲盛記念館 3階 中会議室

プログラム

10:00~10:15 事務連絡
10:15~11:15 高橋基樹・太田妃樹(神戸大学) 「所有の政治性―アフリカにおける土地問題と開発・紛争」
11:15~12:15 池野 旬(京都大学) 「政策転換・都市開発・地方公共財 ―北部タンザニア、ムワンガ県の「コモンズ」をめぐる火種」
12:15~12:45 休憩
12:45~13:45 大山修一(京都大学) 「サヘルにおける農耕民と牧畜民の土地をめぐるコンフリクト ―ローカル・ポテンシャルを活用した共生関係の再構築」
13:45~14:30 総合討論

報告

第4回全体会議では、アフリカ大陸の各地で進行中の土地をめぐる紛争と共生の問題に関して、3人(1人は共同発表)が発表をおこなった。

高橋基樹・太田妃樹(神戸大学)「所有の政治性―アフリカにおける土地問題と開発・紛争」

21世紀に入り経済成長を進めるアフリカは、いま過渡期にある。一人目の発表者である高橋基樹氏(太田妃樹氏と共同発表)は、重要なのは「どこからどこへの過度期なのか」を明確にすることであると述べる。とくに注目すべきなのは人口増加であり、2010年から2060年にかけてアフリカの人口は約2.5倍になるといわれる。これは、アフリカが土地豊富社会から土地稀少社会へ移行しつつあることを意味する。資源の稀少化は、既存の制度では調整する仕組みのない矛盾を生みだすことが多く、顕在化した対立を調整する制度的対処が必要になる。土地制度に関しては、開発経済学では、共同体的土地保有制はフリーライドを招くため、農民が土地価値を高める投資や政治的要求をする誘因を提供しないのに対して、個別的土地所有権を保障する制度を設けることで、生産性向上に資する投資や信用取引を促進すると議論されることが多い。アフリカには、1980年代の構造調整期に個別的土地所有権制度の導入が図られ、1990年代になると世界銀行内により柔軟な土地制度を容認する動きもあったが、21世紀に入ると新古典派的な土地制度論が復活した。もっとも、高橋氏が現地調査を実施したケニアの現況からは、個別的土地所有権制度の導入は排他性をともなうことで土地の稀少性をみずから生みだし、特定集団に不満を蓄積させることで政治的対立をもたらすおそれが強いことがわかる。また土地制度の形成や運用に際しては、政治家らのグリード(強欲)が深く関与していることが多い。高橋氏は、土地をめぐる紛争を予防するために、新たな土地財産権管理制度を構想することがいま求められており、その制度にアフリカの潜在的な共生の知恵をどれほど活用しうるのかを考えていく必要があると述べた。

討論では、制度の多元性と多層性、なかでも国家法と慣習法との関係をどう捉えるのかに関して議論がなされるとともに、高橋氏がいう土地問題の「暴力を排除した市民社会的な解決」とは、現在登記されている土地の所有権を尊重して事態を解決するということなのか、それとも、植民地時代から積み重ねられてきた土地をめぐる不正義の問題にまで遡って問題を打開することを意味しているのか、という質問がなされた。

池野 旬(京都大学)「政策転換・都市開発・地方公共財―北部タンザニア、ムワンガ県の「コモンズ」をめぐる火種」

二人目の発表者である池野旬氏は、タンザニアのムワンガ県における「ローカル・コモンズ」をめぐる複数の火種(調整・調停されるべき事項・争点)を紹介した。たとえば同県では、ムワンガ町の勃興にともなって新築建造物が増加し、建材への需要が高まったことで、河岸近くの土地から木や砂利が運びだされている。この土地には明確な所有権が設定されておらず、環境劣化が問題化しつつある。また、人口増加を受けて町までの水道施設が整備されたことにともない、水道公社が周辺村にも水道メーターを設置した。しかし、ある村の住民は、町が発展する以前から自分たちで水道の建設や維持管理を担ってきたという自負があり、公社からの支払い請求に反発した。村の住民は、行政や国会議員など多様なアクターとの折衝をとおして独自の水道事業を新たに開始したものの、通水時間などに関して争議が発生している。さらに、町周辺部では土地の売買が増加しており、クランが所有単位となっている土地が個人の名前で売られたり、新住民が土地を購入して流入してくることで、新たな問題が顕在化しつつある。池野氏は、武力紛争にはいたっていないが、このような多様な対立の火種が地域社会に渦巻いていることを指摘し、その対立にいかなるアクターがどのように関わっているのかを微細に検討することの重要性を述べた。また、地域住民による対処をつねに「正しい」ものとして位置付けるのではなく、研究者自身があるべき農村社会のあり方を考え、「その変容のあり方は将来的に問題を含むのではないか」という提言をすることも考えていく必要があると述べて、発表を閉じた。

討論では、土地の所有と利用の実態についてより細かな質疑がなされたとともに、池野氏が言及した村人の「環境よりまずは生活」という発言がなされた背景についての説明がなされた。また、飲料水の商品化や水道のパイプ化が地域の水資源をめぐる争いと関連を有しているのか否か、という問いも出された。

大山修一(京都大学)「サヘルにおける農耕民と牧畜民の土地をめぐるコンフリクト―ローカル・ポテンシャルを活用した共生関係の再構築」

三人目の発表者である大山修一氏は、ニジェールのサヘル地域で牧畜民と農耕民の間に発生している紛争の背景と現状を説明するとともに、日本人研究者が地域のポテンシャルを活用しながら対立関係の緩和にどう関与していくことができるのかを論じた。かつて、農耕民(おもにハウサ)と牧畜民(おもにフルベ)は農産物と畜産物を交換する経済的な共生関係を築いていた。しかし、1950年に放牧地だった土地は、現在ではほぼすべてがハウサの畑によって覆われており、牧畜民が放牧に利用できる土地は著しく減少した。その結果として今日、とくに雨季の収穫期に家畜による作物の食害が多発している。食害が起きると賠償金の交渉がなされるが、被害の実態について農耕民と牧畜民の主張が食い違うことがあるし、交渉がまとまらないときには殺傷事件に発展することもある。また、農耕民の間には貧富の差が存在し、貧しい者の富裕者への嫉妬が牧畜民に対する暴力となって表出することもあるという。一方で、新たな共同関係が形成されたり対立を緩和するための営みもなされている。2008年ごろには、農耕民と牧畜民の間でトウジンビエ団子をつくる契約が結ばれたし、食害が発生した場合には村に定住した牧畜民が交渉の仲介役を務めることで、関係のさらなる悪化を抑止している。大山氏自身も、ハウサの人びとの在来知識を活用しながら紛争を緩和するための実践を試みている。具体的には、都市ゴミを利用して対象地域の緑化を進め、緑化した土地を「村人全員」の家畜肥育に資する土地として用いることで、人びとがkowa(共同)で利用できる空間をつくりだそうとしている。

討論では、村の経済格差はもともとどのように生じたのか、といった質問に加えて、別の生態地域でも都市ゴミを利用した緑化は可能なのか、村人からみた大山氏の立ち位置はどこにあるのか、外部から人が入っていくことで現地の人びとの関係はどのように変化したのか、などといった実践に関する多くの質疑がなされた。

討論

総合討論では、アフリカでは共同体的土地保有が支配的であるために土地の経済的な価値を高める誘因が働かないので、個別的土地所有権制度を導入する必要がある、という基本的な問題規定の段階で、多くの論点が抜け落ちていることが指摘された。たとえば移動性が高い暮らしをしている人びとには、土地の価値を高めようという動機がそもそも強く存在しないはずである。さらに、人口が増加するから農業生産力を高める必要があり、そのためには個別的土地所有権を導入する必要がある…という前提自体を疑う必要があるのではないか、との指摘もなされた。これらの指摘に関連して、土地制度の問題については開発経済学者の主張が政策立案につよい影響力を有しているが、それに対してアフリカ地域研究者はどのような発言をしていくことができるのかを考えていく必要があることが論じられた。また、近年になってアフリカ全土で進行中の大規模な「土地強奪(ランド・グラッビング)」に関して、各国の法整備状況に関する議論がなされ、本来なら国民の所有権を担保すべき国家が外国資本への土地譲渡を主導している現状が確認された。これら以外にも、土地登記とは別に、実態として土地の個人所有化がどれだけ進んでいるのか、植民地時代からの「不正義」をどれだけ考慮にいれた土地問題の解決が可能なのか、といった論点が出された。(佐川徹)

カテゴリー: 全体会議, 研究活動 パーマリンク