本研究がめざすもの
現代のアフリカ諸社会は、紛争によって解体・疲弊した社会秩序をいかにして修復・再生させるかという課題に直面しています。この現実的な課題に対して本研究は、西欧近代の制度や価値観―民主主義や人権思想など―を導入して対処するのではなく、アフリカ人がみずから創造・蓄積し、運用してきた知識や制度(=潜在力)を解明して、それを人びとの和解や社会の修復のために活用する道を探究することを目的としています。
キーワード:アフリカ、紛争と共生、潜在力、和解と社会的修復、在来の知識や制度
研究の背景・目的
現代のアフリカ社会が直面する最大の困難は、紛争による社会秩序の解体と疲弊であり、この課題に迅速かつ有効に対処することは、アフリカ社会の成長と安定にとって不可欠かつ最重要の「鍵」となっています。アフリカでは、とくに1990 年代に入ってから大規模な内戦や地域紛争など、多種多様な紛争が頻発し、膨大な数の難民や国内避難民が発生しました。そして、こうした事態に対処するために国際社会は、軍事的介入や停戦・和平協定の締結支援、紛争後の制度構築への協力、国際刑事裁判所などによる司法介入、NPO などの市民社会からの支援といったかたちで関与し、一定の成果をあげてきました。ただし、こうした介入を強力に主導してきたのは、リベラル・デモクラシーや「法という正義にもとづく処罰」という欧米出自の思想や価値規範です。
これに対して本研究は、アフリカ人がみずから創造・蓄積し、運用してきた知識や制度(=潜在力)が存在し、それが紛争解決や共生を実現するために有効であったし、現在の紛争処理や人びとの和解、紛争後社会の修復にも活用できるという立場をとります。また、アフリカの潜在力を固有で不変の実体とみなすのではなく、西洋近代やアラブ・イスラームといった外部世界からの影響と、つねに衝突や接合を繰り返しながら生成されてきたものと把握し、その変革能力をインターフェイス機能と名づけます。そして本研究は、アフリカの潜在力を再評価し、国際社会などの外部から移入される諸要素との接合をとおして、紛争解決と共生のためにその潜在力を有効に活用するための実践的な方途を考究することを目的とします。
期待される成果と意義
紛争解決や平和構築に関する従来の議論のなかで無視されてきたもの、すなわち、アフリカ社会が蓄積してきた知識・制度などの対処能力(=潜在力)やインターフェイス機能を解明し、その活用の道を探究するところに最大の意義と特徴があります。
そして分野横断的な地域研究の手法によって統合的・学際的な研究を実施し、アフリカ人をはじめとする外国人研究者やNPO 関係者などとの共同作業による開放的な研究を推進することをとおして、研究成果を国際的に発信します。
また、現代アフリカが直面する困難な課題の解決という社会的な要請に向きあうことは、地域研究者の責務であると考えています。
代表者あいさつ
現代アフリカでは、とくに1990年代以降に内戦や民族紛争、宗教対立、資源をめぐる争いなどが頻発してきました。そのなかには、100万人近い人びとが虐殺されたルワンダや、20年以上にわたる内戦を乗り越えて2011年7月に独立した南スーダンなど、私たちの記憶に新しい事件がふくまれています。また、そうした大規模な紛争以外にも、農耕民と牧畜民の土地利用をめぐる衝突や、国立公園の設置をめぐる地元民と行政の争いなど、多種多様な紛争がおこっています。
こうした地域紛争に対処するために、国際社会は、国連・AUのPKOや多国籍軍の派遣、経済制裁、停戦・和平協定の締結、紛争後社会の制度構築、あるいは国際刑事裁判所などによる司法介入といった方法で関与してきましたし、NPOを主体とする市民社会による国際的な支援も、さまざまなかたちで実施され、こうした支援は紛争の鎮静化に一定の成果をあげてきました。しかし、こうした介入はいずれも西欧出自の制度や規範・価値観に依拠したものです。そしてその根底には、「アフリカ社会は紛争解決の仕組みを欠いているため、正しい方策を国際社会が提供する」といった発想があるように思われます。また、こうした外部からの介入は、紛争によって傷ついたアフリカ人の隣人同士の和解や社会的修復を実現するためには、あまり有効ではありません。
こうした困難な状況をのりこえるためにわたしたちは、「アフリカ人の生活の現場から発想する」というように、考え方を根本的に変えなければなりません。アフリカには、人びとが編み出し運用してきた知識や制度が存在します。そして人びとは、そうした自前の処方箋にもとづいて紛争に自律的に対処し、共生を実現してきました。こうした知識や制度は、現在の紛争の処理や社会秩序の再生を構想するためにも活用できるはずです。
ただしわたしは、アフリカには「伝統的」「内在的」で不変の知恵があるとか、外来の知識や制度、あるいは国際社会の介入はすべて「外からの押しつけ」だから有効にはたらかない、といったような排他的で閉鎖的な主張をするつもりはありません。アフリカの「伝統」を固定化しロマン化することは、本研究がもっとも批判する態度です。実際にアフリカに見られる知識や実践は、西欧近代やアラブ・イスラームといった外部世界からの影響と、つねに衝突や接合を繰り返しながら、変革・生成されてきたものです。その意味においてアフリカ社会は、外部との折衝のなかで問題対処方法を更新する高い能力を備えていると、本研究では考えています。そして、こうした変革能力を「インターフェイス機能」と呼びます。
日本のアフリカ研究は、長期にわたるフィールドワークの成果にもとづいて、マクロな歴史・政治構造とミクロな社会・文化世界を架橋する独特で学際的な紛争研究を生み出してきました。本研究は、このようなアフリカ社会の内在的な理解を深めてきた日本のアフリカ研究の蓄積をふまえて構想されています。また、本研究の参加者たちは、いずれもアフリカにおいて長期的な現地調査を実施してきた経験をもっており、さまざまな紛争が人びとの生活に深刻な影響をおよぼしていることを直接に見聞すると同時に、人びとが自前の知識や制度を蓄積・運用し、紛争に対処してきたという認識も共有しています。
以上が本研究の基本的な考え方です。この研究を実施することをとおして、「アフリカは後進的で停滞している」とか、「アフリカ人は問題を自分たちでは解決できない」といったように、ともすればアフリカを否定的なイメージで捉えがちな視線を一新することも、私たちのおおきな目標です。
研究代表者 太田 至
研究プロジェクト終了のごあいさつ
5年間にわたって実施してきた本研究プロジェクトは、2016年3月31日をもって終了しました。
このプロジェクトには総勢50人以上の日本人研究者と、アフリカ人を中心とする20人以上の外国人研究者が参加し、「アフリカ潜在力」に関する議論を続けてきました。みなさんには、現地調査から成果の出版まで、ほんとうにお世話になり、感謝しています。その成果の一端は、「アフリカ潜在力」シリーズ全5巻に結実しました。
(本プロジェクトのサイトhttps://www.africapotential.africa.kyoto-u.ac.jp/20160323-2、
京都大学学術出版会のサイトhttp://www.kyoto-up.or.jp/jp/africanpotentials.html)
このプロジェクトでわたしたちは、紛争に対処して共生を実現するための知識や技術、制度をたんねんに記述する実証的な研究に取り組むと同時に、アフリカ社会が培ってきた「潜在力」を、根元的な共生の思想として把握する努力もしてきました。
その過程でわたしたちは、「アフリカ潜在力」を解明し、それを人類の未来に資する思想として定立するためには、紛争や暴力に直接に関連する課題だけではなく、アフリカの生態や社会、歴史、開発などに関するより広い問題群を探究することが必要不可欠であることも、深く認識するようになりました。
その意味でわたしたちの試みは、ようやく端緒についたばかりです。このプロジェクトをとおして構築したアフリカ人研究者との緊密なネットワークを活用しながら、さらに研究を発展させてゆく所存です。これからも、よろしくお願いいたします。
研究代表者 太田 至