日 時:2012年5月11日(土) 16:00~18:00
場 所:京都大学稲盛財団記念館 中会議室
プログラム
『長老』が仲介する紛争解決方法
伊藤義将(京都大学)
報告
エチオピアでは「長老」と呼ばれる人々が紛争を仲介する方法が広範囲で見られる。エチオピア西部のジンマ市周辺に居住するマチャ・オロモとエチオピア中央高地に居住するアルシ・オロモの人々は、ジャールサ(jarsa)と呼ばれる人物が紛争を仲介している。ジャールサとはオロモ語で「長老、高齢者、老人」という意味の言葉であるが、紛争の仲介を行うジャールサは必ずしも長老であったり、高齢者であったりするわけではない。現地の人々は世帯を持つ成人男性はみなジャールサになれると言い、紛争の内容に応じてその問題を解決するにふさわしい人物がジャールサに選ばれる。例えば、土地の境界をめぐる紛争であれば、その土地の近くに長く住んでいるものや、以前その土地を保有していた者がジャールサとなる。
エチオピアのオモ川流域に住むアリの人々も同じような方法でガルタと呼ばれる人物が紛争を仲介している。ここでもガルタ(galta)という言葉に「老人」という意味があるが、仲介者が必ずしも老人や高齢者ではなく、紛争の内容によって適当な人物がガルタに選ばれているという。
これまでの事例と少々異なるのは、エチオピア中南部に住むデラシェの仲介者であった。小さな紛争はアト・モラ(ato mola)と呼ばれる老人が紛争を仲介するが、人の生死に関わる大きな紛争については、ショルギア(shorgia)と呼ばれる人物が仲介する。ショルギアの判決は絶対であり、みなが従うという。ショルギアとは経済的に豊かである世帯の長であり、凶作のときなどに人々の生活を支えるという。男性世帯主であれば誰でもジャールサやガルタになれるオロモとアリの事例とは異なり、ショルギアとして認識されている人々はこの地域に4名しかいないという。
近年の外部からの影響が紛争の解決方法に強く反映されているのは、エチオピアの中央高地に居住するシダマと南部の山岳地域に居住するマーレであった。シダマにも「長老」が仲介する紛争解決方法は存在するが、土地をめぐる紛争に関しては、行政村の長に相談するという。そこで解決しない場合には群の長が問題を取り扱うという。その背景には多くの土地が近年に現金で購入された土地であり、政府の書類にその売買の記録が残されているからだという。マーレにおいてはプロテスタントが強い影響を与えていた。マーレでは仲介者をカイジョ(kayjo)と呼び、従来はガルチ(galchi)(=老人)がカイジョになっていたという。しかし近年カイジョになるのはプロテスタント教会の有力者であるチンモ(chimmo)と呼ばれる人々であるということであった。
発表では、次にマチャ・オロモで仲介が行われ、表向きには紛争が解決されたように見えても、当事者同士の社会関係が悪化したという事例が示された。しかし、その紛争解決のプロセスにほとんど関わることのない女性が、世帯間の関係を維持する努力をしているなど、より大きな紛争へと発展しないように紛争の激化に歯止めをかけている可能性が示唆された。
最後に議論のなかで、紛争を仲介する人と当事者の関係や、村全体の社会関係を詳しく調査し提示する必要がある点が指摘された。また、北東アフリカ・クラスターの今後の展望として、北東アフリカ地域で行われている紛争解決方法にはどのような多様性があるのか(または、ないのか)、北東アフリカの異なる地域の専門家を招いて、その地域で行われている紛争解決方法について紹介してもらい、議論を深めていくことが提案された。(伊藤義将)