【2014年度派遣報告】佐川徹「エチオピアの地方都市におけるインフォーマルな紛争対処法」

(派遣先国:エチオピア/派遣期間:2015年3月)
「エチオピアの地方都市におけるインフォーマルな紛争対処法」
佐川 徹(慶應義塾大学文学部)
キーワード:多民族, 多宗教, 国民意識, 都市化, エチオピア

研究の背景と目的

本研究は、多民族国家エチオピアの地方都市にくらす人びとが、いかなる方法で日常的なもめごとに対処しているのかを明らかにすることである。アフリカにおけるローカルな紛争解決のあり方を対象とした従来の研究は、単一の民族内部、そしておもに農村部で営まれている取り組みに焦点を当てることが多かった。しかし、アフリカでは20世紀後半から急速に都市化が進んでおり、地方の小規模な町を含めた都市部では異なる民族に帰属する人、異なる宗教に帰依する人が、あたりまえのように隣人としてくらしている。この研究では、もともとは紛争を解決する方法を共有していなかった人びとが、都市部でいかに新たな紛争処理法を創造し、みずから社会秩序を維持しているのかを検討する。

得られた知見

エチオピア西南端の町オモラテは農牧民ダサネッチの行政中心地である。町にはダサネッチもくらしているが、住民の多くは仕事を求めてエチオピア高地から移住してきた多様な民族の成員である。住民間に暴行事件が発生した場合、基本的には警察が捜査し裁判所で判決が下される。しかしこの手続きをとった場合、加害者は重い罰を受けることになり、また被害者は金銭的補償などを得ることができない。そこで人々は、双方にとってより好ましい結果をもたらす方法、つまり「イリク」というインフォーマルで小規模な会合を開き係争を処理している。この会合の形式は特定の民族や宗教の伝統に依拠したものではなく、多民族・多宗教が混在する町で生活を営む中で培われてきたものだという。以下にその一例を記す。

2015年3月8日、エチオピア中南部から移住してきたワライタの女性(20代)がオチョロッチ村へ交易にいくと、同じように町から村を訪問していたダサネッチの女性2人(10代)と口論になり、後者が前者を殴打してその前歯を折った。ワライタの女性は町へ帰るとすぐに警察へ通報した。一方、ダサネッチの女性は町に帰り一方の兄に争いの内容を伝えた。兄は事件が裁判所に持ちこまれて妹が懲役刑を受けることを危惧し、すぐに町の「シマギレ」を訪ねてイリクの開催を依頼した。シマギレとはアムハラ語で「老人」を意味するが、この文脈では経験が豊富で弁舌に長けた人物を指している。具体的には、アムハラの司祭(宗教はエチオピア正教)、ダサネッチの行政職者(エチオピア正教)、ワライタのミッション関係者2人(プロテスタント)、ボラナの商人(イスラーム)を訪問した。いずれも男性である。彼らが開催に同意したため、兄はワライタの警察官に会合の立会人として出席してもらえるよう依頼した。

3月14日の15時ごろから、被害者の母の家にシマギレと立会人、兄、被害者が集まり、会合が始まる。司会進行は司祭が務めた。まず被害者が事の次第を説明しシマギレが細かい内容を尋ねる。つぎに加害者を呼び被害者が語った内容に間違いがないかを尋ねる。加害者がこれを認めるとシマギレは両者が和解に応じるよう説得する。彼らの多くが強調したのは、特定の民族や宗教の伝統ではなく「エチオピア人としての一体性」である。ある人物は「町にはアムハラもグラゲもワライタもダサネッチも住む。それぞれ言葉はちがうがみなエチオピア人だ。ともに生きていかなければならない」と述べた。一連の議論が終わり加害者と被害者が退席すると、シマギレが事態の解決法を相談し、加害者が被害者に歯の治療費を含めて3000ブル(1ブル約5.8円)を支払うこととした。呼び戻された被害者が決定に同意すると、加害者を呼び決定を通知するとともに、被害者への謝罪を促す。そして立会人である警察官が同意に達した内容を紙に記し、被害者とシマギレがサインする。この紙は加害者の兄が受け取り警察署へ提出する。すると警察はそれ以上の捜査はおこなわない。最後に兄が3000ブルを司祭に渡し、司祭が被害者に3000ブルを与えると、18時ごろ場は解散となる。

会合後、兄はシマギレと立会人に「酒をおごらせてほしい」と呼びかける。多くの人たちは「自分は町に平安が保たれることを望んだだけだ」といって固辞するが、結局ともに酒場へ向かう。この酒代を除いて、シマギレと立会人に謝礼が支払われることはない。

今後は、上述した事例と似通った事例を収集することで、このインフォーマルな紛争処理法が地方都市の治安維持に対して有する機能とその限界を明確にしていきたい。

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