【2014年度派遣報告】松本知子「セネガル社会におけるイスラーム教育の位置づけ:フランコアラブ学校を事例として」

(派遣国:セネガル/派遣期間:2014年8月)
「セネガル社会におけるイスラーム教育の位置づけ:フランコアラブ学校を事例として
Positioning of Islamic education in Senegal society: A case study of Franco-Arab school」
松本知子(名古屋大学大学院 国際開発研究科 後期博士課程)
キーワード:イスラーム教育, フランコアラブ学校

研究の背景と目的

国民の9割がムスリムであるセネガルでは、一部の保護者はフランス文化の影響を危惧するなどして、教育省が推進するフランス語学校を避け、クルアーン学校(セネガルでは「ダーラ」と呼ばれる)、アラビア語学校、または、フランス語とアラビア語で教育を行うフランコアラブ学校など、公教育の枠外に位置づけられる教育機関へ子どもを送ってきた。セネガル政府は公教育への就学促進のため、世俗教育の原則は維持しながらも、公教育の場にイスラームを取り入れるための法改正を行い、上記のイスラーム教育機関を公的機関として認可したり、公立のフランコアラブ校の建設を2002年より開始するようになった。

フランコアラブと呼ばれる教育機関自体は、ダーラなどのイスラーム機関を前身として植民地時代より各地に存在してきたものの、修了資格等の教育資格は公認されず、公教育からは断絶した状況にあった。よって、私立校をも含めたフランコアラブ学校を公教育に位置づけるための制度や環境の整備は教育省にとっては容易でなく、作業の進捗は遅い。しかし、制度が整備され、フランコアラブ学校がより一般化した場合、セネガル社会におけるイスラーム教育自体の意味付けが変わり、教育の目的がより世俗化してくる可能性もある。

また、セネガルに近年導入された公立のフランコアラブ学校では、フランス語学校と同じ授業時数内で、フランス語とアラビア語の2言語によって授業が行われる。フランス語学校においてさえ教育の質に困難を抱える中、二言語による教育は、生徒に二重の負担を強いることにならないだろうか。また、フランス語とイスラーム教育では、カリキュラムの特質にも大きな違いがある。近年、フランス語学校では、知識や技術を活用しながら問題を解決する能力を育てることを狙いとしたカリキュラムが、国定カリキュラムとして導入されている。一方、イスラーム教育では、特に学習の初期においては、クルアーンの意味の理解よりも暗記自体に価値が置かれることが多い。このように、一見両極に位置するとも見受けられるカリキュラムや学習のあり方が、今後どのように相互に関連づけられていくのかも注視していく必要があるだろう。

以上の問題意識を背景に、本研究では、セネガルにおけるフランコアラブ学校に対する生徒・保護者や教育提供者側のイスラーム教育に対する期待と、学校に導入されているカリキュラムの意図とその実施の状態を明らかにすることで、セネガル社会におけるイスラーム教育の位置づけを検討することを目的とする。より多角的に検討するため、はじめから公教育の枠組みで教育が行われてきた公立校と、イスラーム教育を歴史的に実施してきた私立のフランコアラブ校の両者を研究対象とする。

得られた知見

今回の調査では、フランコアラブ学校を生徒・保護者がどう認識しているかを知ることと、イスラーム教育の変容に関して何らかの萌芽が見られるかどうかを確かめることを主な目的として実施した。派遣者は、イスラーム教団ティジャーニー派の色が濃い地域(カオラック州、カフリン州)の4つのフランコアラブ小学校(公立2校と私立2校)を訪問し、5・6年生の生徒とその両親、学校長、教育省視学官の計93名(公立小学生16名、私立小学生16名、公立保護者29名、私立保護者28名、校長4名、視学官2名)に対しインタビューを行った。

まず、フランコアラブ学校がどう認識されているかを知るために、全ての被調査者に学校に対するイメージを尋ねた。その結果、ほぼ全ての被調査者が、「よいムスリムとなることと、人生をよりよく生きる力を得るための両方の教育を受けられる場」といったイメージを持つことが分かった。

次に、フランコアラブ学校へ入学するまでの教育経験を尋ねたところ、私立校の生徒は例外なく小学校へ上がる前にダーラへ通い、クルアーンの理解を深めてから小学校へ進学してくる。そのため、小学5・6年生であっても10代後半である生徒が多い。一方、公立校の生徒の経験は家庭によって様々である。しかし、ダーラやアラビア語学校にやった後にフランス語学校へ子どもを進学させていた家庭が、公立のフランコアラブ学校が建設されてからは直接進学させ、ダーラに通わせることをしなくなっている例も見られた。これは、イスラーム教育の変化の一端を示唆する可能性もあり、今後も丁寧に状況を追って行きたい。

さらに、小学校卒業後の希望進路に関して尋ねたところ、ほぼ全ての私立学校の生徒と保護者は、併設されている中学校、さらには国内外の高校へ進学したいと回答した。その後の進路は、外国の高等教育への進学や、アラビア語の教員などへの就職と様々であったが、少なくともアラビア語の教員にはなれるという感触を持っているようであった。公立校の場合、初等教育修了資格を取れた場合でも、フランコアラブ中学校が近くに無いため、進学を断念せざるを得ないという回答が多かった。小学校課程を終えた子どもを持つ公立校の32の家庭のうち、フランコアラブ中学校に子どもを進学させた家庭は2つしかなく、フランコアラブ高校まで進学させている家庭は皆無であった。公立のフランコアラブ学校を経由した進路やキャリア形成については、未だ具体的なイメージが確立されていないと思われる。

今後の展開

イスラーム教育の変容状況をさらに確認するため、生徒・保護者・教員への聞き取りを継続する。また、両言語によるカリキュラムの相互の関連性を調べるために授業観察も実施する。これらの調査結果をイスラーム教育の伝統と近代化の枠組みで解釈し、セネガルのイスラームを特徴づける神秘主義やティジャーニーの信仰に関連づけながら、イスラーム教育を定義していきたい。

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