【2013年度派遣報告】阿部利洋「移行期正義の社会的受容に関する比較調査」

(派遣国:カンボジア/派遣期間:2014年3月)
「移行期正義の社会的受容に関する比較調査」
阿部利洋(大谷大学文学部)
キーワード:移行期正義, 国際司法, ローカル・メディア

研究の背景と目的

南アフリカのTRC(真実和解委員会)は、移行期正義分野において和解政策の重要性に関する認識を膾炙させた点で広く評価されてきたが、活動終了後10年以上が経過した現在、同分野の研究動向にも新たな視点が提起されている。たとえば、従来TRCとは対置される選択肢と考えられてきた国際司法の現場や活動終了後の社会的要請として、やはり社会的なレベルにおける和解の契機が問題になる点がある。こうした問題が現在進行形で表れている事例のひとつが、カンボジアにおけるクメール・ルージュ元幹部を裁く国際法廷である。本調査では、政策的には形式を異にする二つの移行期正義プロジェクトを比較することで、南アフリカの事例のユニークネスを浮かび上がらせるための検討材料を得ることを目的とした。

研究の方法

今回は特にローカル報道に着目し、紛争後依然として言論に対する政治的影響のつよい社会において移行期正義の報道を行うことが、どのような帰結を導くのか、検討した。

方法としては、2010-2011年にかけて発刊され、首都プノンペンで日常的に購買可能であった以下のクメール語新聞11紙(Koh Santepheap Daily, Rasmei Kampuchea, Moneaksekar Khmer, The New Liverty News, Kampuchea Thmey Daily, Khmer Nation, Machas Srok Khmer, Deumampil News, Serey Pheap, Nokorwat News Daily, Khmer Scientific Newspaper)の閲覧、整理を採用した。ローカル・メディアとして新聞を取り上げることのメリットは、テレビは政権寄りの解釈が強く反映される傾向が指摘されており、反体制側の意見に触れるにはテレビよりも有効である点が挙げられる。デメリットとしては、発行部数の少なさが示すように、ラジオに比べて、より多くの人々に共有されているとは必ずしも言い難いメディアであることである。また、ローカル紙の大きな特徴の一つとしては、政治的なイシューに関しては各紙の立場が比較明確に①反体制側と②体制側に分かれることがある。

得られた知見

①反体制側の各紙は特別法廷の進行や内部事情について詳細で批判的な記事を掲載する傾向がみられた。これは、過去の悲劇や不正に対して十分な正義が行使されるべきだ、という立場にもとづくものであり、特別法廷内部の問題も鋭く取り上げられることになる。また、特別法廷の職員間で汚職疑惑が持ち上がった際にも徹底した非難が行われた。一方で、②体制側は特別法廷に関する報道はあまり積極的ではなく、記事自体の数も①に比べると少ない。これ自体、「特別法廷はこの社会にとってそれほど重要なものではなく、従って集中的には取り上げない」という姿勢を反映したものといえる。法廷は歴史的・国民的なセレモニーであり、かつ審理が滞りなく行われていること自体が達成を意味しているのだから、批判的ないし分析的な視点は必要ないのである。

紛争後の社会において移行期正義のプロジェクトが実施される際には、その社会的効果を促進するために、ローカル・メディアの役割が重視される。しかし、メディアに対する政治的影響が大きいとされる社会においては、移行期正義プロジェクトの正当性や意義を共有するにあたっては特有の困難さが存在する。

南アフリカのTRCは、テレビ、ラジオを通じて議事を報じる国営放送局に対して、自由な編集権を認めた。和解政策の社会的効果を考察する際には、こうしたローカル・メディアのフレーミングがどのような影響を及ぼすことになるのか、複数の移行期正義プロジェクトを比較するなかで、あらためて南アフリカのケースに示されたユニークネスを把握することが今後の課題である。

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