【2013年度派遣報告】高橋基樹「ケニアの農村における紛争の背景と影響に関する研究」

(派遣先国:ケニア共和国/派遣期間:2013年7月13日~18日)
「ケニアの農村における紛争の背景と影響に関する研究」
高橋基樹(神戸大学大学院国際協力研究科・教授)
キーワード:世帯の経済状態, 民族, 政治意識, 公共性

調査の背景

1990年代の複数政党制復帰とともに激化し、2007年の大統領選挙の結果をめぐる暴力事件で頂点をきわめたケニアにおける民族間の紛争は、その根底に政治家による権力濫用と土地をめぐる確執があるとされている。調査地の同国ウアシンギシュ県のK村は、上記の紛争のなかで顕著に激しい暴力が見られ、多くの犠牲者を出したところである。K村は独立以降にキクユ民族の入植者によって形成された村であるが、この村に限らず、キクユ等の入植者(ないしその後継者)が居住する村・区域は、「よそ者」の村として、周囲に居住するカレンジン民族の政治家によって追放扇動の対象となった。ただ、その後キクユとカレンジンを代表する政治家同士が対立を封印して政治的に協力し合うようになっており、K村でも目立った暴力事件等は起こっていない。

調査から得られた知見

今回の調査並びに補足的調査を通じて、K村の142世帯の全てに対し、その民族的帰属、員数・構成、所得・資産、経済活動の状況等について詳細に尋ね、また世帯主(ないしその代理の人々)に対して、自らの土地に対する権利の保障についての認識、政治意識・社会意識について選択式のアンケートを行った。その結果は多岐にわたるので多くを割愛せざるを得ないが、まず、住民の民族構成としては、116世帯がキクユ、20世帯がそれ以外、残りが不明であり、また12世帯のキクユは複数政党制復帰以降に新たにK村に入植していることが分かった。一連の紛争ではカレンジン人による追放の動きを嫌い、暴力を逃れて、キクユ人を始めとする多数の国内避難民が発生したが、K村のように暴力に見舞われながらも、多くのキクユ人が留まり続けている例もあることが明らかとなった。人々の多くは、民族にかかわらず、土地への権利・アクセスの安全は十分保障されているとし、また土地への投資に意欲ありと答えている。政治意識に対する調査では、ほぼ民族の別なく、大統領・国会議員は民族を問わず公平に資源を配分するべきであり、腐敗で自民族のリーダーが私した資金は、自民族に分配されるのではなく、ケニア政府に返されるべきと答えている。またケニア社会に対する自らの貢献についての質問では、大多数の人が民族の別なく、同じケニア国民が被災した際は、異なる民族であろうと税金を投入して救うべきだと回答している。ただし、多数の人は、自らの選挙区の議員の責務は地域社会に貢献することだと答えてもいる。このような調査結果をどのように解釈するかは慎重な検討が必要であるが、少なくとも言えることは、人々の意識の中には、ケニア国民・ケニア国家というイメージがたしかにあり、そこで政治家や自らがどのようにふるまうべきかという市民社会的な模範解答もすでに準備されていることである。そして、人々は民族の領袖である政治家による権力濫用を是としない考え方を明確に認識しているし、地域社会の中で他民族と共存しながら、暮らしを重ねようとしている。こうしたことは、紛争の超克、共生の実現に向けたアフリカ社会の潜在力を考えるうえで考慮に入れるべきことだろう。

パーマリンク