【2013年度派遣報告】高橋基樹 “Why Social Cohesion in Kenya?: Overview of the Session ‘Social Cohesion in Kenya: Changes in the State, Markets, and Communication’”(カナダ・アフリカ学会第43回年次大会:“Africa Communicating: Digital Technologies, Representation, Power”)

(派遣先国:カナダ/派遣期間:2013年5月1日〜5月5日)
“Why Social Cohesion in Kenya?: Overview of the Session ‘Social Cohesion in Kenya: Changes in the State, Markets, and Communication’”(カナダ・アフリカ学会第43回年次大会:“Africa Communicating: Digital Technologies, Representation, Power”)
高橋基樹(神戸大学大学院国際協力研究科・教授)
キーワード:社会的融合, 民族対立, 土地問題, 経済的正義観念の相違

派遣の目的と得られた知見

2007-08年の選挙後暴力において放火された家屋(ケニア・リフトバレー州)

2013年5月1日から3日までカナダ、オタワ市のカールトン大学アフリカ研究所において、カナダ・アフリカ学会第43回年次大会が開かれた。同大会において、パネル「ケニアにおける社会的融合:国家、市場及びコミュニケーションの変容」Social Cohesion in Kenya: Changes in the State, Markets, and Communicationを申請企画し、5月3日に他の3出張者とともに学術発表を行ったので、以下に報告する。

パネルを企画するにあたり、この大会の共通テーマが“Africa Communicating: Digital Technologies, Representation, Power”であることを踏まえて、他のアフリカ諸国と同様にケニアで進みつつある、携帯電話など情報通信技術の一般人の生活への浸透を念頭において、「社会的融合(social cohesion)」がどのような状況にあるのか、を議論することを目的とした。

ケニアを議論の対象として選んだのは、この国を全面的な危機の瀬戸際にまで追い込んだ2007年の総選挙後の暴力的衝突(「選挙後暴力」)の後、ケニアにおいては社会的融合あるいは国民的融合(national cohesion)が強い関心事となっていることに理由がある。他方、ケニアは情報通信技術の生活現場での利用が最も進んでいるアフリカの国のひとつであり、携帯電話は行政の様々な局面に導入され、携帯による送金サービスなど革新技術の普及も著しい。遠隔地と難民キャンプにおいても携帯電話が利用されるようになっている。携帯電話をはじめとする情報通信技術の浸透は、行政サービスのより公平な供与、市場取引の振興、集団間のコミュニケーションの活性化によってより社会的融合を促進するのではないかとの期待・推論を抱かせる。そのことが、このパネルを企画したモチーフである。果たして、この推論は歴史的現実や今日の状況の詳細な検討を通じて、実証されえるのか、それを共通のテーマとして、議論をかわした。

このパネルは、5月3日午前11時から開催され、以下の4つの報告が行われた。

報告1:Overview: Why Social Cohesion in Kenya?(高橋基樹、オティエノ・ニャンジョム ケニア公共政策調査分析研究所)
報告2:Government Performance Contracts in Kenya: Does ICT Have a Role?(オティエノ・ニャンジョム)
報告3:Mobile Phone in Turkana, Kenya: Deepening Individualization or Reformulating Complexity of Human Relations?(羽渕一代 弘前大学)
報告4:Digital Media, Market and Trust: The Socioeconomic Relationships between Somali Refugees and Host Communities in Kenya(内藤直樹 徳島大学)

パネル全体について、学会大会本部からの推薦によって、ジョン・ギャラティ マクギル大学教授にコメンテーターをお願いした。 パネルの参加者は、高名なアフリカ政治経済の研究者である、ロジャー・サウゾール氏を含む約20名である。

2007-08年の選挙後暴力で国内避難民となった人々のキャンプ(ケニア・リフトバレー州)

パネルの冒頭、高橋から、科研全体の趣旨説明と概要の紹介を行ったのち、パネルの趣旨について説明した。引き続き、高橋が、上記の報告1を行った。この報告は、オティエノ・ニャンジョム氏との共同研究によるもので、ケニアが、選挙後暴力の前後のような対立状況に陥った歴史的経緯について、政治経済的要因、特にリフトバレー州における土地をめぐる民族集団間及び民族集団内部のエリートと「普通の人々」の関係に注目しながら、考察を行った。この報告の骨子は以下の通りである。ケニアの暴力と紛争が民族集団間で生じているのは事実であるが、それは単に異なる民族があるから生じているわけではない。独立前夜の時代からの土地問題をめぐる政治過程は、公平、権利、腐敗に関する集団間の異なる正義の観念が競い合う場であった。そして、その競合の勝者がルールの設定や資源の配分で圧倒的に優位に立った。しかし、勝者は権力を握るものの、不平等や腐敗など自らへの批判に対して抑圧だけで対応することはできず、民族集団間の水平的不平等よりも民族集団内からの垂直的不平等への批判に対して敏感であり、そこで政治闘争に勝ち抜く必要がある場合には、異なる正義の観念を操作し、暴力を扇動するという行為に訴えざるを得なかった。さらに、ケニアの状況下では、異なる正義の観念とそれに伴う利害の衝突、及び国家権力と資源のコントロールへの競争は、民族集団間の境界に沿って生じ、そのことが、普通の人々の暮らしや憤懣と恐怖をはじめとする深い情動、さらには民族的アイデンティティそのものに影響し、政治的エリートの操作と相まって、暴力を伴う民族集団間の政治的対立に帰結した。こうした対立を乗り越えて社会的融合を達成するためには、根本にある正義の観念についての相違を直視し、それを乗り越える方法を論ずるための民主的な熟議を深めるとともに、利害の衝突を乗り越えるための資源の拡大=経済開発を進めなければならないとした。この報告に対しては、ギャラティ教授から特に、平等や社会的融合を軽視して自由を一方的に強調したことが、強者・勝者の論理に立つ政治の蔓延を招いたことに原因があり、我々先進国の側もケニアの自由主義的側面だけを取り上げて称賛したことに反省が必要なのではないか、との貴重なコメントがあった。

2008年の選挙後暴力の渦中で放火されたアセンブリー・オブ・ゴッド教会の犠牲者の墓標(ケニア・リフトバレー州)

ニャンジョム氏の報告は、現在ケニアで進められている、公共部門の改革の有力な手段となっているパフォーマンス・コントラクトの問題点について論じたものである。パフォーマンス・コントラクトは、公務員ないし政府の部局に対して、政府が一定の具体的な業務成果をあげるという「契約」の締結を求めるものである。ケニアのパフォーマンス・コントラクトでは、教育や保健サービスの公平な普及を業務成果としてパフォーマンス・コントラクトを結ぶことが見られ、そのことは社会的融合の達成に資することが期待される。近年、ケニアの政府公共部門には情報通信技術が導入され、業務の効率性が向上することも期待される。しかし、本報告では、教育や保健サービスの公平な普及には、ケニアの自然、社会、政治などの多くの外的な阻害要因が伴うことが指摘され、公共部門のパフォーマンス・コントラクトや情報通信技術の適用のみで、それを乗り越えることは、今のところできていないと論じられた。

羽渕氏、内藤氏の発表については、それぞれの報告を参照されたい。

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