(派遣先国:カナダ/派遣期間:2013年4月26日〜5月7日) |
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“Mobile Phone in Turkana, Kenya: Deepening Individualization or Reformulating Complexity of Human Relations?” (カナダ・アフリカ学会第43回年次大会:“Africa Communicating: Digital Technologies, Representation, Power”) 羽渕一代(弘前大学人文学部・准教授) |
キーワード:携帯電話, 格差, リテラシー |
派遣の目的と得られた知見カナダ・アフリカ学会年次大会において、神戸大学の高橋基樹教授が企画した“Social Cohesion in Kenya: Changes in the State, Markets and Communication”部会でケニア北西部トゥルカナ地域における携帯電話の普及とその社会的影響について報告をおこなった。ケニアでは、1997年より携帯電話サービスが開始され、ナイロビのネットワーク開通を皮切りにモンバサ、ナクル、エルドレッドといった都市を中心にネットワークを拡大してきた。エアタイム・シェアサービスや、「電話ください」という無料メールなどのサービスが功を奏し、都市部を中心として利用者が増大していった。 2000年代にはいってから、トゥルカナでもネットワークが開通し、少しずつ利用者を増やしていた。この初期普及段階においては、共同で利用することにその特徴がみられた。家族、親族、近隣に住む人々が、携帯電話所有者に電話を借り、必要なコミュニケーションを図るというものである。電話所有者は、ロキチョキオやロドワなどの地方都市住民や、そのような都市に頻繁に訪れる人々が先駆的に利用していた。 2000年代後半に入ってから、トゥルカナの周縁部在住者の利用がみられるようになり、既存の人間関係における生活援助要請がその利用の主だったものである。2007年にはモバイル・マネー・トランスファーサービスが、開始されたが、このサービスも小口のビジネスや消費生活に利用されているものの、主には住居を別に暮らす家族や親類などの家計援助に利用されることが多く、2010年以降もトゥルカナの周縁地域での利用は多くみられない。 数少ない周縁部の利用の特徴は次の2つにまとめられる。ひとつは、不安定な所有であり、もうひとつは、識字率の低い、トゥルカナ周縁部におけるリテラシー涵養への契機となる可能性である。 トゥルカナでは、携帯電話が援助要請に欠かせないメディアだという認識が確固としてあるものの、旱魃や失職などで生活が安定しなくなると、デバイスを売り払うという事例が多くみられた。そして、生活経済が再度安定してくると、また携帯電話を購入するという行動が一般的であった。トゥルカナでは、携帯電話を個人で所有しなくても、必要に応じて、親類や近隣の人に借りてコミュニケーションをとることができる。個人で所有するということの重要性は、それほど高くない。また、金銭授受に関しても、モバイル・マネー・トランスファーサービスの取り扱い窓口が、都市に偏っていることや、利用に関わる登録にリテラシーが必要であるため、周縁部においてはそれほど普及していないこともわかった。ここには、メディア普及に関して、都市と周縁における格差問題がある。 ふたつめに、学校教育を受けず、リテラシーの低い利用者にとって、携帯電話は声のメディアであることから敷居の低いメディアである。他のメディアにくらべ文字依存性が低く、メディアリテラシーも利用にはそれほど必要としない。しかし、このメディアを利用することによって、若者の読み書きもしくは算数への関心をもたせるという事例がいくつもみられた。つまり、このメディア利用のみでは、リテラシーの涵養にはつながらないが、リテラシーへの関心を高める契機としては効力を発揮するということがわかった。 部会のテーマであるSocial Cohesion に関して、知見を明解に報告することができなかったため、本報告に対して携帯電話利用との関係について質問が寄せられた。先行研究において、携帯電話の利用が平和維持への利用や選挙などの民主化に関する活動と関わる報告があることを報告者も理解しているところであるが、トゥルカナ周縁地域においては、メディア利用そのものが安定していないという点があり、Social Cohesionとの連関を本調査研究の事例から見出すことは難しかった。今のところ、社会における格差問題として認識するべきだと回答した。 しかし、今後も携帯電話利用者をさらに増加させることは間違いなく、トゥルカナでも利用は安定していくと思われる。その際に、先行研究が明らかにしているように、携帯電話というメディアは紛争と平和のどちらにも機能する。メディア技術の普及と社会編成との連関過程の調査研究をおこなうことは、「社会のあり方を問う」というリテラシーの最終段階の要請にも応えることになるのだという知見を今回の議論で得ることができた。 |