(派遣先国:南アフリカ/派遣期間:2013年2月) |
---|
「アパルトヘイト後の南アフリカにおける社会統合」 阿部利洋(大谷大学文学部・准教授) |
キーワード:アパルトヘイト, 資源再配分政策, 社会統合 |
研究目的アパルトヘイト後の南アフリカは、1990年代後半に真実和解委員会(Truth and Reconciliation Commission=TRC)を設置し、対立集団間の和解を新体制の公式な方向性とすることで、過去の紛争に対処した。その活動は2000年(最終報告書の公刊は2003年)に終了し、現在ではポストTRC期にある。和解政策のその後はどうなっているのか、社会集団間の関係から再検討することが、この研究の目的である。 今回の調査から得られた知見南アフリカでは、ケープタウンにおいてカラードによる権利主張の近年の動向に関して、ジョハネスバーグにおいてアフリカ諸国からの移民が直面する問題に関して、それぞれ現地調査を行った。 カラードによる権利主張の動きは、1990年代初めからコイサン先住民運動として行われてきたが、1994年の体制転換後に実施されてきた資源再配分政策の動向を反映する形で展開してきた側面も持っている。今回は、資源再配分政策のなかでもBlack Economic Empowerment(BEE)と呼ばれる政策の運用に関するカラード側の申し立てに注目し、「アファーマティブ・アクションは常に黒人と白人の文脈でしか考えられてこなかったため、政府は、カラードと黒人、インド人と黒人の関係に関する指針を示すことに失敗した」(City Press, 6 July 2003)と指摘される現状を把握することを試みた。これにより、政権政党ANCの内部においても黒人至上主義的な立場と人種協調派の葛藤があり、また、法律上はBlackカテゴリーに括られているカラードが、アファーマティブ・アクション政策を運用する現場では、アフリカ人を優先するインフォーマルな基準――かつてより犠牲を被ったのはアフリカ人だから、とみなす――に不満を覚えていることなどが明らかになった。この不満は、具体的には企業・公的機関の職場における雇用機会の不当な配分として訴訟の場に持ち込まれている。カラードによる訴訟を支援する労働組合・ソリダリティは、2013年2月までの時点で、政府機関および準政府機関を相手取ったアファーマティブ・アクション訴訟を33件手がけ、そのうち10件に勝訴、7件に敗訴、16件が係争中である。また、カラードというカテゴリーを拒否し、コイサン先住民として権利を主張するグループは、アフリカ人首長を優遇するNational Traditional Affairs Billの修正を求めて政府に働きかけている。 他方で、南アフリカの社会的な和解の追求は、南アフリカ人内部に閉じたものであり、アパルトヘイト終焉後に増加しているアフリカ諸国からの移民が「他者」として排外的なまなざしを浴びている、とする批判がある。ジョハネスバーグのなかでもそうしたアフリカ人移民が多く集住している地域のひとつであるヨービルにおいて、どのような緊張関係のなかで、どういった秩序構築の模索が行われているのか。今回は、地域の防犯活動であるコミュニティ・ポリシング、ローカル新聞の編集傾向、そしてコミュニティ組織の連携それぞれに携わる関係者へのインタビューを通じて、上記の問いを検討した。2008年5月には、南アフリカの各地でゼノフォビア襲撃事件があり、多くのアフリカ人移民が犠牲になったのだが、その際に行われたヴィッツワータースラント大学の研究者らによる有力な分析は、「ローカル政治の担い手が扇動をするか統制するかで、事件の発生した地域とそうでない地域の違いが明確であった」というものであった。つまり、ローカル・リーダーによるコントロールが機能している地域では南ア人とアフリカ人移民の関係が暴力的なものとして現出しない、という見立てである。これに対して、ヨービルにおける秩序模索は、必ずしも明確なリーダーシップによるものではなく、むしろグループ間の相互作用を間接的に促進する条件(オフィスの共有であるとかコミュニティ・メディアにおける意味づけなど)を整えるという点に特徴があるのではないか、と考察した。 今後の展開上記の調査を通じ、カラードによる権利主張の近年の動向とアフリカ諸国からの移民が直面する問題に関して、一見すると別個の事例と思われる両者が、アパルトヘイト後の南アフリカにおける一連の社会統合政策のなかで生じてきた、とする仮説的なフレームワークを得た。それは、1990年代後半の和解政策と並行する形で実施されてきた資源再配分政策の展開は、「誰が再配分の有資格者であるのか」という視点を強化し、結果として社会集団間の序列化を促進することになっているのではないか、とするものである。今後は、この仮説を裏付けるデータを蓄積するとともに、その傾向に抗する動きがどのように組織化されつつあるのか、実証することが課題である。 |