【2011年度派遣報告】山本めゆ「ポスト・アパルトヘイトの南アフリカにおける人種分類の再編成 -中華系南アフリカ人の排除と再統合に関する事例から-」

(派遣先国:南アフリカ、派遣期間:2012年2月~3月)
「ポスト・アパルトヘイトの南アフリカにおける人種分類の再編成 -中華系南アフリカ人の排除と再統合に関する事例から-」
山本 めゆ(京都大学大学院文学研究科行動文化学専攻社会学専修 博士課程)
キーワード:人種主義、華人社会、社会的包摂

研究の背景と目的

1990年代の民主化以来、南アフリカのエスニック・マイノリティにとっても和解が重要な課題となってきたが、近年になって注目を集めるようになったのが中華系南アフリカ人の存在である。人口10,000~12,000人ほどといわれる彼らは、南アフリカにおけるもっとも小さなエスニック集団のひとつであり、近年に至るまでほとんど関心を払われてこなかった。広く認知されるようになったきっかけは、2008年にプレトリアの最高裁において彼らが「歴史的に不利益を被ったblack people」であると認定され、それにより「雇用均等法」「ブラック・エコノミック・エンパワメント法」などアファーマティブ・アクション的政策の対象に含まれるようになったという出来事だろう。しかし、アパルトヘイト後期に「名誉白人」的地位にあったとみなされてきた中華系南アフリカ人が「black people」に認定されたことで、アフリカ系(黒人)の社会からは大きな反発を呼ぶこととなった。この一連の騒動は、この国において人種的階梯と分断が依然として大きな社会的イシューであることを印象づけた。

調査者は、南アフリカ社会における人種的対立とその和解を考察するにあたり、中華系南アフリカ人の経験とアイデンティティもまた重要な研究テーマであると考え、研究の準備を進めてきた。さらに今日の新しい動きとして、サブサハラ・アフリカにおいて中国のプレセンスが高まるなか、南アフリカにおいてもニューカマーの華人社会を研究対象とする研究者のネットワークも生まれており、中華系コミュニティの歴史を振り返ることの意義も再認識されつつある。アカデミックな場においても、大きく発展する可能性をもった分野だといえよう。

調査の概要

今回は限られた期間の滞在であったこと、諸事情により予定していた協力者と都合が合わなかったこと、また中華系コミュニティは調査者にとって新しい研究対象であることなどから、まずはこれまでの研究動向を把握するとともに、書籍、新聞記事等の文書資料を収集し、さらに南アフリカの研究者との交流と意見交換を行った。

    • 学術論文、書籍、一般書
      学術論文だけでなく、中華系南アフリカ人による自伝的小説なども入手することができた。収集した文献一覧は報告書の最後に添付した。
    • 新聞記事
      アパルトヘイト期の新聞記事についてはキーワード検索で収集することができないため、すべてを確認するには膨大な時間を要する。今回は1962年の新聞記事のなかから中華系南アフリカ人に関するものを収集した。1962年は、南アフリカ在住の日本人が「名誉白人」と呼ばれるようになり、また中華系移民2世のDavid Song氏が「白人」に認定された年でもあることから、「Chinese」 「Japanese」に関する南アフリカ社会の関心が比較的高くなった時期である。彼らの地位をめぐる風刺画もいくつか収集することができた。
    • 研究者との交流
      ステレンボッシュ大学には2004年に南アフリカで初めてのChinese研究の拠点であるCentre for Chinese Studies が設立された(http://www.ccs.org.za/)。今回は初めてこのセンターを訪問し、研究者と交流するとともに、インタビュー協力者の候補をなどについても紹介していただいた。また、2012年8月にCentre for Chinese Studiesが中心となって開催される国際シンポジウム「Chinese in Africa, Africans in China」についても情報を得ることができた。

調査から得られた知見と成果

文献調査を通して得られた知見として、今回は1962年のCape Timesに限定して調査を進めたにもかかわらず、中華系コミュニティとその人種分類の曖昧さを揶揄するような記事を入手することができた。上掲の「Chinese Community in Cape Town Have a Pattern for Civilized Living」(Cape Times 24 March 1962)は、中華系コミュニティの関係者も参画した記事とみられるが、この時期に中華系コミュニティがイメージ向上のためのアピール活動を行っていたことを示唆するものであり、「Civilized」「Good Citizens」といったフレーズは彼らがどのようなプレゼンテーションを行っていたかを知るうえで重要な手掛かりとなるだろう。また日本人が「名誉白人」的地位が報じられたのがこの記事が掲載される前月の1962年2月であることを重視するなら、その報道に刺激された結果の活動とも考えられよう。次回の調査ではヨハネスブルク中心のThe Star、Rand Daily Mailなどにもあたりたい。

今回中華系南アフリカ人に対する学術論文はほとんど入手できたが、そこから明らかになったのは、インタビュー調査を実施したことがあるのは自身も中華系南アフリカ人3世で民主化後にコミュニティ史を編んだYap & Manと、韓国系アメリカ人の研究者であるYoon Park のみということである。南アフリカにおいて長年中華系コミュニティの研究を担ってきたHarris は歴史学ということもあってか文献調査のみである。このことから、まだまだインタビュー調査で語られていないことが多いと考えられ、フィールド調査の重要性があらためて確認することができた。

その他、研究者との交流からも多くの成果を得られた。調査者は1913年制定の移民規制法がアジア系コミュニティに与えた影響に関する投稿論文を準備しているが、それに論文に対するコメントや投稿先などについても貴重な助言を得ることができた。          以上。

今回収集した文献一覧(論文、書籍)
Accone, D., 2008, All Under Heaven, Cape Town: David Philip.
Harris, K.L., 1999, '"Accepting the Group, but not the Area": The South African Chinese and the Group Areas Act', South African Historical Journal, 40, 179–201.
Harris, K., 2001, The Burden of Race?: 'Whiteness' and 'Blackness' in Modern South Africa, In History Workshop and Wits Institute of Social and Economic Research.
Harris, K.L., 2003, Early Encounters between China and Africa: Myth or Moment, South African
Journal of Cultural History, 17, 1, 47–71.
Harris, K.L., 2006, "Not a Chinaman's Chance": Chinese labour in South Africa and the United States of America, Historia, 52-2, 177-197.
Harris, K.L. 2008, Book Review: D. Accone, All Under Heaven: The Story of a Chinese Family in South Africa, Journal of Chinese Overseas, 4, 1, 141-2.
Harris, K.L., 2010, Sugar and Gold: Indentured Indian and Chinese Labour in South Africa, Journal of Social Sceince, 25-1-2-3, 147-158.
Ho, U., 2011, Paper Sons and Daughters: Growing up Chinese in South Africa, Picador Africa.
Park, Y. J.,2011, Black, Yellow, (honorary) White or Just Plain South African?: Chinese South Africans, Identity and Affirmative Action, Transformation, 77, 117-131.

新聞記事(Cape Times のみ)
Cape Times 3 January 1962
Cape Times 4 January 1962
Cape Times 10 January 1962
Cape Times 31 January 1962
Cape Times 16 February 1962
Cape Times 20 February 1962
Cape Times 23 February 1962
Cape Times 27 February 1962
Cape Times 28 February 1962
Cape Times, 9 March, 1962
Cape Times, 10 March, 1962
Cape Times, 13 March, 1962
Cape Times, 17 March, 1962
Cape Times, 20 March, 1962
Cape Times 24 March, 1962

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