日時:2018年6月16日(土)15:00〜17:00
場所:京都大学稲盛財団記念館3階大会議室
司会:竹村景子(大阪大学)
この全体会議では、「言語・文学班」のこれまでの研究活動に関する報告がおこなわれた。この班の構成員は、「アフリカ潜在力」研究プロジェクトが第二フェーズに入った2016年4月以来、「アフリカ潜在力」という考え方をどのように活用しつつ、研究を深化させられるかに関する議論を続けてきた。この会議では以下のプログラムに沿って、その成果の一端が紹介され、ほかの班の構成員を含めて「アフリカ潜在力」に関する議論を深化させた。
1.「『言語・文学班』のこれまでの活動報告」竹村景子(大阪大学)
2.「北東アフリカにおけるアラビア語の動態:コンヴィヴィアル・マルチリンガリズム」仲尾周一郎(大阪大学)
3.「ヨルバ・ポピュラー音楽の成立史にみるアフリカ諸語文芸の弁証法的発展と社会志向性」塩田勝彦(大阪大学)
4.コメント:沓掛沙弥香(大阪大学)、寺尾智史(宮崎大学)
5.全体討論
まず、班長である竹村は、言語・文学班において「アフリカ潜在力」という考え方を中核とした研究がどのように議論されてきたかを紹介した。この班では、アフリカの言語表現あるいは音楽を含む言語芸術に関する研究をおこなうにあたって、第一に、ときには社会の異端者・逸脱者とみられてきた個人の創造力が、社会にどのような影響を与えてきたかを再度、問い直すこと、その際には、従来の社会規範を維持しようとする動きと、それから逸脱し、ときには伝統的な価値観を破壊しようとする芸術家たちの関係を、弁証法的に把握するという視点が有力であることが議論された。第二には、上記の研究を具体的に進めるにあたっては、表現者たちがどのようなメディアを使い、いかなる表現を用いることによってメッセージを発信しているのかを精査することが重要であることが議論された。
仲尾はまず、「アフリカ潜在力」研究プロジェクトで、この概念がどのように議論され彫琢されてきたかを概観したあと、アフリカの多言語状況に関する研究を整理した。次に仲尾は、現地調査をおこなってきた南スーダンの「ジュバ・アラビア語」、ケニアとウガンダに話者が広がる「ヌビ語」、そしてエチオピア西部で話される「ベニシャングル・アラビア語」の三つの事例を材料として、その言語使用の実態と話者たちの複雑でダイナミックなアイデンティティのあり方を議論した。そして結論として仲尾は、「アフリカ潜在力」のひとつの表れとして、フランシス・ニャムンジョ(Francis Nyamnjoh:「アフリカ潜在力」プロジェクトの海外協力者)に依拠しつつ、「コンヴィヴィアル・マルチリンガリズム」という考え方を提示した。仲尾はこの考え方が、ヨーロッパ出自の多言語/文化主義を根源的に批判しつつ、人びとが複数の言語を文脈によって使い分けつつ共存しているというアフリカ世界をよりよく理解するために、非常に有力な概念となることを論じた。
塩田は、ナイジェリアのヨルバ音楽が、在来の要素に外来の要素を取り込みつつ発展・洗練されてきた過程を、マイケル・ネオコスモス(Michael Neocosmos:「アフリカ潜在力」プロジェクトの海外協力者)の論考を参照しながら弁証法的なプロセスとして分析し、アフリカの言語芸術は社会全体の問題意識や関心事と密接な関係をもっていることを論じた。まず塩田は、ヨルバ民族とその音楽の成立史を概観した。ヨルバ音楽の代表的な楽器であるドゥンドゥン(トーキングドラム)は、オヨ帝国の宮廷文化として発展し、その後にヨルバが民族として統合される過程で各地に拡散して大衆化して、ヨルバを代表する楽器へと昇華した。また、1960年代には、西欧音楽やイスラーム祭礼音楽の影響から生まれたナイジェリアのピュラー音楽(ジュジュ、アパラなど)にドゥントゥンが取り入れられ、新たなアンサンブル形式を生み出した。塩田は、ヨルバ・ポピュラー音楽の歌詞を分析すると、共同体的な価値や社会のモラル、社会の要請と密接に関連するもの、すなわち強い社会志向性をもつものが多く、それを評価するためには西欧の芸術とは異なる視座が重要であると論じた。
コメントを含む総合討論では、ニャムンジョが提起した「コンヴィヴィアリティ」や「不完全性」という考え方の有効性と可能性に関する議論がなされた(ニャムンジョ・F、2016「フロンティアとしてのアフリカ、異種結節装置としてのコンヴィヴィアリティ—不完全性の社会理論に向けて」松田素二・平野美佐[編]『アフリカ潜在力(1) 紛争をおさめる文化—不完全性とブリコラージュの実践—』京都大学学術出版会)。
http://www.kyoto-up.or.jp/book.php?id=2112&lang=jp
太田 至