代表挨拶
「アフリカ潜在力」第二期の立ち上げにあたって
代表 松田素二
私たちの研究プロジェクトは、「アフリカ潜在力」の解明とそれを用いた現実の問題解決を展望することを目的としています。では「アフリカ潜在力」とは何なのでしょうか。
現代アフリカ社会は多くの困難や問題に直面しています。こうした困難・問題に対処するさい、その基盤となる考え方や仕組みは、ほとんど場合、ヨーロッパやアメリカ社会でつくられその世界的拡張の歴史のなかで「世界標準」化したものです。もちろんそれらは有用で重要な人類の知的財産であることは間違いありません。しかし、その反面こうした志向は、アフリカなどそれ以外の社会がつくりあげてきた問題解決の考え方や仕組みを「二級」のものとして貶めあるいは無視してきたのです。アフリカ社会の問題解決の思考や制度は、当然のことですが、植民地支配や冷戦構造あるいは現在のグローバル化のなかで、異なる思考や制度とふれあい、衝突し、折衝、融合、接合しながら日々再創造されているものであり、その意味で私たちの暮らしている社会と「地続き」なものです。
私たちの「アフリカ潜在力」プロジェクトは、これを「アフリカ潜在力」と呼んで、現代アフリカ社会だけでなく、これからの人類社会の問題解決のための処方箋の一つとして解明を目指そうとしています。だからこそ「世界がアフリカを援助する」のではなく、「アフリカが世界を救う」というのが、「アフリカ潜在力」プロジェクトの精神なのです。
2011年4月から2016年3月までの5年間、私たちは「紛争と共生のためのアフリカ潜在力」(太田至代表)https://www.africapotential.africa.kyoto-u.ac.jp/という研究プロジェクトを実施してきました。その成果のいったんは、英文1冊(LANGAA, 2015)および和文5冊のシリーズ「アフリカ潜在力」(京都大学学術出版会, 2016)として公刊しています。
このいわば第一期の「アフリカ潜在力」プロジェクトは、フィールドでの実感から誕生した「アフリカ潜在力」という素朴で曖昧な概念を、アフリカの現実、とりわけ紛争解決と共生の実現のための分析視角であり実践的処方箋につながるものとして鍛え上げることに力点をおいてきました。アフリカ潜在力とは、アフリカ社会が外部世界との折衝・交渉のなかで創造し実践・運用・生成してきた問題解決のための動態的な力であり、アフリカ社会が直面している種々の困難を乗り越え、状況を変革するための有効で実践的な方策であると表明し、その旗印のもとでさまざまな分野の研究者が協同連携して調査・研究・議論を積み重ねてきたのです。
アフリカ潜在力は静態的で固定した実体ではなく、つねに動態的で流動している過程です。アフリカ潜在力は、単一性ではなく多元性と混淆性を志向しています。たとえば紛争の解決方法として、「普遍的正義の単一性」による方策は、近代市民社会の原則であるというのは、私たちの社会の常識ですが、それを前提にしてしまうと、それ以外の、それに反する解決策はそもそも「正しくない」ということになります。しかしアフリカ潜在力の見方に立つと、一つの方策が絶対で他は誤りと断定したり、その方策に異物が混じることを禁忌したりすることはありえません。アフリカ潜在力の発想は、種々の要素の雑種性や混淆性を承認し、不完全であることを承認するからです。それは、自世界とは異なる思考・価値に対して、寛容で開放的な態度をとることを意味しると思います。私たちは第一期の5年間をへて、こうしたアフリカ潜在力概念を創造してきたのでした。
第二期アフリカ潜在力プロジェクトの成果として想定していることは三つあります。一つは、アフリカ潜在力概念を、第一期の紛争を対象とした領域から拡張し、その汎用性をひろく吟味検証することです。そのために、私たちは、研究方向を、開発経済系、政治系、社会・文化系、自然環境系、言語・教育系、ジェンダー・セクシュアリティ系にまで拡張しその有効性(と限界)を検討すること試みるつもりです。
二つ目は、第一期のアフリカ潜在力プロジェクト以来育ててきた「アフリカ・フォーラム」の強化発展です。「アフリカ潜在力フォーラム」とは、「アフリカ潜在力」の実際の表出や運用、理論化などの作業を、アフリカ人の研究協力者、NGO実践家、政府・国際機関関係者と共同で、毎年、アフリカ各地で開催してきた知的かつ実践的なコミュニケーションの「場」です。第一期では、ケニア、ジンバブエ、南スーダン、カメルーン、エチオピアで開催し、「アフリカ潜在力」という視点に賛同し協同連携するアフリカ人の中核的パートナーとの強固な絆をつくりあげてきました。第二期でもこの「アフリカ潜在力フォーラム」をさらに発展させることで、日本とアフリカの研究者、実践家による新しい知の共同創出を目指します。
想定される最後の成果は、「アフリカ潜在力」を媒介にして日本とアフリカの次世代研究者、中堅研究者同士の緊密なパートナーシップを創り出すことです。そうすることで、本プロジェクトのみにとどまらず日本とアフリカの知的な共同事業のための継続可能なネットワークを構築し、人類の未来を展望する総合地域研究が続くことができるからです。
毎年アフリカで開催するアフリカ潜在力フォーラム、国内シンポジウム、研究報告などをご期待ください。
研究の目的
本研究の目的は、アフリカを救済・同情の対象あるいは資源の供給源や有望な市場とのみみなしてきた従来の認識を刷新し、アフリカが有する問題解決と発展への潜在力を解明し、それが有する人類社会に対する貢献の可能性について総合的に検討することにあります。今日のサブサハラ・アフリカ社会は、世界経済成長の一つのエンジンへと変貌しつつあります。しかしその一方で、社会的格差の拡大、宗教・民族間の対立、環境破壊等の困難はより深刻化しています。こうした状況に対して、従来の西欧近代出自の思考と発想が無視してきたアフリカ社会のダイナミックな対処能力を、アフリカ潜在力として抽出・概念化し、それを活用することで問題解決を展望する。こうした試みを通して、アフリカ潜在力の母胎となる知の様式を、もう一つの世界認識を可能にする、アフリカ発の新たな人文・社会科学的知として提示することを目指します。
特色・独創的な点および成果・意義
本研究の独創的な意義は以下の二点にあります。まずアフリカ潜在力という新たな視点で、アフリカの困難・問題を実践的に解決・改善していく可能性を具体的な社会と具体的な課題のなかから明らかにする点です。
これまでアフリカ社会の抱える困難に対しては、政治的には民主化、経済的には市場化、社会的には市民化という、西欧近代社会の価値・思考・システムが「正しい」モデルとして設定され、それに近づけることで解決をはかろうという試みが支配的であった。しかしながら、この「正しい」対処法では、問題の解決には結びつかないことが多かった。アフリカ社会が抱える複雑で深刻な困難を解決・緩和するための方策を求めるニーズはきわめて強く大きい。本研究の意義は「アフリカ潜在力」を活用することでこのニーズに応えようとするものであり、そのために「アフリカ潜在力」の基盤、特性、作用、効果、限界などを、問題ごとに検証し、その効果と有効性を提示します。
第二の特色・意義は、この「アフリカ潜在力」をアフリカの問題解決の実践的スキルとして捉えるだけでなく、それを支える思考や知の様式が、これまで人文・社会科学的知のなかで支配的地位を独占してきた 西欧近代出自の知の様式とは異なる視点と思考をつくりだしている点に注目して、こうして生成される思 考のもつ普遍性や豊饒性を抽出する点にあります。これまで西欧近代社会の思考やシステム(とそれを支える知の様式)は、それに反対(批判)する思想やシステムを生みだしたうえで、それをさらに包含しながら強大化し、普遍性を獲得してきた。これに対して本研究は、この普遍性に包摂されない思考や価値、あるいはこの普遍性を包み込む別の世界認識、さらにはこの普遍性を変形しながら運用する実践(を支える知)などに着目し、それらを「アフリカ潜在力」として定式化することによって、西欧近代的知の様式とは別の世界のあり方・見方の可能性を、人類の未来の知的資産として展望することを目的とします。