日時:2017年6月17日(土)11:30~15:00
場所:京都大学稲盛財団記念館3回301室
(以下、敬称略)
報告タイトル1:環境ガバナンス論とポリティカル・エコロジー論を越える視点としてのアフリカ潜在力?
氏名:目黒紀夫
所属:広島市立大学
報告タイトル2:漁撈技術を支える水平/垂直な知識伝達
氏名:飯田卓
所属:国立民族学博物館
前回の班研究会で浮上したトピックとして環境ガバナンスがあった。そこで今回の研究会では、前半に目黒が環境ガバナンスについての発表を行ない、参加者全員で議論をした。その後、飯田がこれまでの自身の調査研究について報告し、総合討論を行なった。
欧米や日本を中心とした環境ガバナンスの議論(環境ガバナンス論)では、環境の持続性の維持ないし向上を目的とすること、そのために環境の不確実性に対応できる順応的な制度の構築を目指すこと、その際に政府だけでなくローカルからグローバルにまたがる多数の主体の参加・協働を前提とすること、そして、そうした多様で重層的な制度や主体の間における相互作用の分析に特に注目すること、といった点が、環境ガバナンスの要件として挙げられる。
これに対して、アフリカの自然資源ガバナンスに関する近年の議論は異なる特徴を持つ。つまり、南部アフリカの野生動物管理の経験に基づいて提唱された新自由主義的なモデルが参照されることが多く、自然資源の十全な所有権を個人が確保し自由に利用することができることこそが望ましいとされる。そのため、政府が自然資源に対する権限を保持ないし強化している近況が「再集権化」という言葉によって問題とされており、多様な主体の協働や順応的な制度構築・学習というよりもむしろ、権限委譲をいかに徹底し、それを阻むナショナル、グローバルな要因にいかに対抗するかが主題化される傾向がある。
こうした環境ガバナンス論について参加者からは、ローカルな主体も含めた多様な主体間の交流や相互学習を通じて新しい制度や知識を創案しようとする姿勢は、アフリカ的なもの・ことの固定化やロマン化を批判し、インターフェース性を重視する「アフリカ潜在力」の考えに近いのではないかという意見も出された。ただし、総花的との意見も出された議論の具体的な内容を詳しく見ていくと、西洋的な価値観(私的所有権、自由市場、透明性、説明責任など)に基づいて政策的・実践的な提言がなされていることが多く、アフリカを「欠如態」と見なす姿勢が隠れているように思われる点が確認されもした。
また、環境ガバナンス論と親和性があるのではないかということで、前半の報告の最後にポリティカル・エコロジー論の特徴が説明された。しかし、その整理ではポリティカルな側面ばかりが強調されており、エコロジーの側面が大きく抜け落ちているのは問題ではないかという意見が出された。環境・生態班が環境・生態にかかわるアフリカ潜在力を扱うというのであれば、人間社会内部のポリティクスが主となりがちな環境ガバナンス論を越えて、人間社会と生態環境との間の相互作用についての人類学的・地理学的な視点もより意識する必要があるのではないかということが、今回の研究会における結論の第一である。この点については、今後の班会議においてさらに検討と議論を深めていく予定である。
後半の報告は、マダガスカル南西部に暮らす漁民ヴェズ社会における知識の伝達についてであった。物流インフラの整備や保存技術の革新、国際市場における需要の増加にともなう資源をめぐる競争の激化や、その結果としての資源量の減少や環境NGOによる厳格な資源管理の提案といった変化を経験する中で、漁民がどのように創意工夫を行ない、そうして創出・蓄積された知識が漁師間でどのように伝達されるのかが報告された。
発表の中では、漁具をめぐるブリコラージュや知識伝達の際の五感や対面性の重要性が指摘されるとともに、ヴェズの漁師にとって漁には「魚との知恵比べ」という意味があることなどが強調された。一方、総合討論の中では発表者が主題としたそうした内容を越えて、前半の環境ガバナンス論に関する議論も踏まえた指摘が多数出された。すなわち、ヴェズの漁師だけでなく環境NGOの側も交流を通じて何かを学習しているのではないか、漁師は資源量の変化ないし持続性を意識しているのか、今回の発表で提示された知識の水平伝達/垂直伝達の違いはどこまで一般化できるのか、といった論点がそれに当たる。
今回の研究会では「アフリカ潜在力」という概念を具体的にどのように用いるかまでは議論されなかった。しかし、環境ガバナンス論のレビューとヴェズの事例の両方を題材に議論をしたことで、環境・生態班として抽象・具体の両面で意識すべき論点としてどのような事柄があるのかがより明確になった。次回以降もしばらくは、抽象的な議論と具体的な事例を往復しながら議論を重ねることで、班としての「アフリカ潜在力」へのアプローチをより明確にしてゆく計画である。
目黒紀夫