「ベナンの児童文学者の創作」
村田はるせ
(派遣先国:ベナン/海外出張期間:2018年10月7日~25日)
私は西アフリカのフランス語を公用語とする国々、たとえばベナン、ブルキナファソ、セネガルなどで出版された児童書に関心をもち、研究をしてきた。こうした児童書はアフリカ大陸の外ではほとんど流通していない。そのためこれらの国々の児童文学者たちがどんな作品を制作し、どんな考え方をもっているかは、まだあまりよく知られていない。
以下には、2018年10月にベナンで聞き取りをし、考察したことの一部を記したい。ベナンには「アフリカの小川( Editions Ruisseaux d’Afrique:以下では便宜的にERAと表記する )」という児童書専門出版社がある。1998年に創設され、西アフリカのフランス語公用語圏諸国のなかでももっとも多い200冊以上の児童書を出版してきた。今回はERAから作品を出版した作家・挿絵画家14人に聞き取りをした。児童書に携わるようになった経過を率直に語ってくれた彼らに深く感謝したい。彼らの話を聞いて、作家・挿絵画家自身の体験や観点、価値観が主題や創作に大きな役割を果たしていることをあらためて知ることができた。そして子どもに向けて描くには厳しすぎると思える現実をどう描くか、ということについても考えさせられた。
オルタンス・マヤバ( Hortense Mayaba )氏は、読み手の感情に訴える物語を得意とする作家である。2007年出版の『ニニのワンピース( La robe de Ninie )』で描かれるのは、このような話である。成績優秀な少女ニニが学校で表彰されることになる。しかし両親は貧しく、ニニには式に着ていく服がない。娘の悩みを知る母親は、こっそり夜なべでワンピースを縫いあげる。それはニニには大きすぎるワンピースだったが、ニニは新しい服が着られたのがうれしくて、走って学校に出かけた。学校の友だちはニニのワンピースをからかうが、晴れて表彰状を受け取ったニニは、怒るどころか、くるくると踊って、喜びを表現する。
この物語では、勉強が好きなのに、貧しさから自分に誇りをもてないニニの気持ち、そんな娘を、不器用でも支えようとする母の姿に心を打たれる。そして読み終えると、ニニはこれからも困難を乗り越えて勉強を続けられるだろうという希望が残る。
マヤバ氏は、「貧困は運命ではない、迷ったり、不安になったりしてはだめ、なんとかうまく切り抜けられるから」と言いたかったと、作品に込めたメッセージを語った。このメッセージはけっして観念的なものではないだろう。彼女は、酒浸りの父への近所の嘲笑に心を痛める少女に声をかけたり、就学を断念しようとする農村の少女たちに語りかけたりして、励ましてきた経験も話してくれたからである。
彼女はほかに、就学経験がない父に文字を教える少年の物語『ガジョの練習帳』、誕生時にすでに歯が生えている子どもを間引きする慣習から息子を守った母親の話『スールタニ』(挿絵もマヤバ氏)なども手がけている。『ニニのワンピース』を含め、マヤバ氏の書いた絵本は貧困や識字の問題、子どもや女性にとって過酷な慣習を取り上げる。だが物語はどこか明るく、登場人物たちは飄々と人生を受け止めている。彼女の物語は、世界は見方一つで生きやすくも、生きにくくもなると語りかけてくる。
文学は読者の想像力に働きかけ、自分のものではない現実に出会わせてくれる。子どもはそうした読書を通じて自分について、他者について知っていくだろう。マヤバ氏が描く現実はときに厳しいが、彼女の絵本は子どもに、身の回りの世界で起きていることに気づかせたり、困難なときに人が発揮する力について知らせたり、他者の存在について考えさせたりする。
日本では、戦争や困難を描いた本を子どもに与えるべきではないと考える大人もいて、アフリカの作家が書いた本を紹介しにくいと感じることがある。マヤバ氏の物語は、彼女の想像の世界から自然にあふれだしたものであると同時に、そこには彼女の教育に対する考え方、ベナンの慣習や知恵に対する思い、彼女が見てきた日常、それに対して感じたことが反映されている。作家はみずからが生きる現実を子どもに向けて表現する方法をもっている。どんな主題も、暴力や憎しみ、失望を助長するのではなく、子どもが後に思い出して深く考えられるような、子どもたちが感じたことについてよく議論できるような描き方があるのではないだろうか。切なさや、ユーモア、子どもと大人の真剣な姿を綴るマヤバ氏の作品は、日本で児童書に携わる人々にも多くのことを語りかけていると思う。