「エチオピアの革靴製造業と国際機関の関係」
松原加奈
(派遣先国:オーストリア共和国/海外出張期間:2020年3月1日~4日、9日~12日)
はじめに
筆者はエチオピアの首都アジスアベバの革靴工場で働く労働者を調査対象としている。対象の革靴工場では、工場労働者が所属する企業の方針や労働環境下、労働者のライフコースにおける技能習得に着目し、調査を進めている。調査企業の労働者は、若年層が多くを占め、勤続年数も短いが、設立年数が長い中・大企業の場合には、30年以上働く労働者、さらに長期間働いて定年を迎えた労働者も存在する。その長期間勤続する労働者は、「UNIDO(United Nations Industrial Development Organization、国連工業開発機関)から技術指導を受けた」、あるいは「機械が導入された」、と折にふれて報告者に語った。また、調査対象である一小企業が所属する産業クラスターもUNIDOから支援を受けているという。
中・大企業の歴史と企業を取り巻く政府の対応の変遷を知るために、エチオピア国内で資料収集を実施した。しかし、社会主義時代の政府資料が破棄されており、当時の状況について、資料をもとにたどるのは困難であった。そこで、国際機関であるUNIDOに資料が残されている可能性があるのではないかと考えた。また、小企業の属する産業クラスターにおけるUNIDOのプロジェクトの変遷を追うことは、国際機関の援助がアフリカの現地企業や労働者に与える影響を考慮するうえで重要になると考えられた。
調査目的・結果
本調査では、オーストリア・ウィーンのUNIDO本部へ訪問し、中・大企業および零細・小企業への支援活動やプロジェクトの内容、変遷を調べることを目的とした。調査開始日は3月2日からであったが、COVID-19の感染予防のため、当時流行していた一部の国から帰国したUNIDO職員および来訪者は本部へ立ち入ることができなかった。よって、下記の調査内容は、現地でのテレワークによって得た結果である。
エチオピアはUNIDO加盟国のなかで、包括的で持続可能な産業開発を促進するための革新的なモデルであるカントリー・パートナーシップ・プログラム(PCP)の対象国の一つである 1)。UNIDOのエチオピアの皮革産業に関する現行プロジェクトは2つある。ひとつは、原皮の品質と量の向上、鞣し革工場のグローバル・バリューチェーンでの競争力の獲得、および環境法の遵守、アジスアベバ近郊のモジョ皮革工業団地内または近郊に位置する企業(零細・小企業も含む)への支援をするプロジェクト2) である。もうひとつは、零細・小企業が所属する産業クラスターへのプロジェクト3) である。産業クラスターとは、政府が提供する零細・小企業が操業するための施設である。また、SPX(Subcontracting Partnership Exchange)4) というプロジェクトの一部では、相手先のニーズを満たすための能力を強化することを通じて、特定の革靴企業の輸出の促進を支援していた。
産業クラスターに関するプロジェクトは第二フェーズに入っているが、以前プロジェクトにかかわっていたUNIDO職員に話を聞くことができた。零細・小企業と中・大企業へのプロジェクトを明確に分けて支援をしていること、産業クラスターについては、個々の企業ではなくクラスター全体への支援をしていることが明らかとなった。
また、UNIDOの調査研究部の責任者の話も聞くことができた。UNIDOの調査研究は、過去の資料の蓄積・収集ではなく、支援対象の開発途上国の政府の産業政策のニーズに合わせて政策の案を示すことが主体であることが分かった。
UNIDO本部に加えて、ウィーン市内にある革靴および皮革製品の製造と販売をおこなう企業を訪問し、革靴製造について聞き取り調査を実施した。本企業は、1816年創業の老舗でヨーロッパ全体において品質を高く評価されてきた。主に、企業の歴史の概略および個々の顧客に合わせた靴型の保存について聞き取りした(写真参照)。
おわりに
本調査から、UNIDOは産業全体および企業の発展に主眼をおいて支援していることが分かった。また、各プロジェクトで産業支援をしており、断続的に支援が展開されているため、古い資料は残されていなかった。
一方、次回のエチオピアでの現地調査のために、本調査では多くの職員を紹介していただいた。エチオピア国内のUNIDO事務所には、皮革産業に関連するプロジェクトに20年以上関わっている職員や、同国の皮革産業に関して長期的にかかわっている現地職員が働いている。COVID-19の蔓延が終息次第、紹介していただいた職員に会い、調査を継続する予定である。継続調査では、エチオピアの皮革産業の歴史とUNIDOの援助の変遷も追っていきたい。特に20年以上支援に携わる職員には、古い資料についてもその所在や探索の方法について助言を乞う予定である。
また、国際機関としては国際労働機関(ILO)が筆者の問題関心である人材育成に強く関与しているとの情報をUNIDOから得た。機会があれば、ILOについても調査をおこない、国際的アクターが働く人びとの潜在力の発揮とどのように関わっているのか、さらに考究していきたい。
謝辞
今回の調査にあたり、UNIDO東京事務所のフェルダ・ゲレゲン次長、重松美奈子さん、UNIDO本部の藤山芳江さん、今津牧さんには大変お世話になりました。聞き取り調査でも多くのUNIDO本部の方々にお世話になりました。末筆ながら、ここで感謝申し上げます。
1) https://open.unido.org/projects/ET/projects/150037参照
2) https://open.unido.org/projects/ET/projects/160086参照
3) https://open.unido.org/projects/ET/projects/150201参照
4) http://spx.unido.org/spx/Default2.aspx