「タンザニアにおける言語格差の表出:学校教育と言語」
沓掛 沙弥香
(派遣先国:タンザニア/海外出張期間:2017年2月2日~3月1日)
タンザニアは、スワヒリ語に国家語(national language)と公用語(official language)としての地位を与えています。その一方で、英語も公用語として使用されています。しかし、同様に「公用語」としての地位が与えられていても、スワヒリ語と英語の間には、社会的役割の差が存在しています。
タンザニアでは、小学校教育の教授用言語はスワヒリ語ですが、中学校以上の教育では教授用言語が英語に変わります。中学校以上の教育で英語が使用され続けていることは、英語がタンザニアにおける社会的高位の言語として君臨し続ける要因となっています。また、独立当初社会主義政策を掲げていたタンザニアでしたが、1986年に構造調整政策を受け入れ、1990年代に教育の自由化を行うと、英語を教授用言語とする私立小学校が急増しました。児童数の増加に対応しきれず公立小学校の「教育の質」の低下が著しい一方で、私立小学校が有利な教育環境を有している状況が、それらの学校が使用している言語が英語であるという状況と相まって、英語の社会的価値をさらに高める結果となりました。
このような状況があったものの、スワヒリ語という一つの言語で理解し合えることは、タンザニアの人々の中に「Umoja(unity, 統合)」の意識を形成しており、他のアフリカ諸国に見られるような言語格差による不平等性は、タンザニアではあまり深刻な問題として社会に認識されていない状況でした。しかし、私の近年の調査では、このような状況に変化が表れてきていることが確認されています。これまで、タンザニアにおけるスワヒリ語と英語の相克状況というのは、英語を教授用言語とする中学校以上の教育への進学率が高く、英語を教授用言語とする私立小学校へのアクセスも可能な都市部における研究課題となっていました。ところが、私が2015年、2016年に行ったタンザニア南部の地方都市および農村部においても、人々は英語の習得に積極的な態度を示しており、英語へのアクセス権において、大きな格差が存在していることを問題化していたのです。結果として、多くの人々の発話の中に、英語へのアクセスや教育機会の格差に伴う「階層(tabaka)」や「差別(ubaguzi)」のような単語が散見されました。このような変化は、独立以来人々の間で強く信じられてきた国家統合の意識にも影響を及ぼすかも知れない重要な変化です。私のこれまでの研究では、地方都市における英語へのアクセス権に絞って研究していましたが、今回の渡航では、比較対象としてもっとも恵まれた教育環境にアクセス可能な地域と考えられるタンザニアの首座都市ダルエスサラームにおいて調査を行ってきました。
調査では、ダルエスサラーム州内の2つの私立小学校(英語を教授用言語とする)において聞き取り調査と参与観察を行い、また、英語による教育を受けた方や、自分の子どもに英語による教育を受けさせている方4人に、英語に関するインタビュー調査を行いました。
タンザニア南部における調査では、基本的に人々が公立小学校にしかアクセスできない環境の中で、英語を教授用言語とする学校で教育を受けることができる人との格差が問題になっていました。実際、農村部には私立小学校自体が存在せず、あったとしても、農業従事者にとって私立学校で子どもたちを学ばせるための学費を得ることはほとんど不可能な状況ですから、当然の状況と言えます。(例えば今回調査した私立小学校の1つの学費は1,500,000Tsh/年、日本円で約74,000円/年でした。タンザニアの公立学校の教師の給料が3,000,000~5,640,000Tsh/年、日本円で144,000~280,000円/年であることを考えると、非常に高額です。)しかし今回の調査では、英語による教育の中にも支払う金額による格差があることがわかりました。また、私立小学校の中にはわずかながらスワヒリ語を教授用言語にしている学校も存在し、それらの学校の中には優秀な成績を収めている学校もありますが、全体の成績で見た場合、上位の学校は全て英語を教授用言語とする私立小学校という状況も確認されました。そのため、社会的に高位の言語である英語へのアクセスを求める気持からも、「せっかくお金を払うなら、英語を教授用言語とする学校へ」となってしまっている状況です。
タンザニアの小学校教育レベルでは、英語で教えるのか、スワヒリ語で教えるのかという言語の問題以前に、スワヒリ語で教えている公立小学校の教育がおおよそ壊滅的な状況であるという問題が存在しています。たとえば、私が調査を行った村の小学校では、スワヒリ語の授業中、そのクラスに教科書が一冊しか存在していませんでした。「教師が教科書に載っているスワヒリ語の題材を音読し、その文章に関する練習問題を板書し、生徒がそれをノートに写し、解く」という状況でした。これでは「読解力」は得られません。この学校の2015年の小学校修了試験の成績は、全国16096校の小学校のうち14124位でした。農村部で子どもたちがアクセスできる学校のほとんどが、このような状況にある公立小学校だけなのです。
一方で、都市部では一人に一つのイス、机、教科書が用意され、良い給料を支払われる教師が熱意を持って教える私立小学校がたくさんあり、お金さえあれば、そのような小学校にアクセスすることができます。このような格差状況が、英語による教育とスワヒリ語による教育の格差という形で人々に認識され、「英語=教育」という意識を強化している状況があることが、今回のダルエスサラームでの調査から改めて確認されました。