「アフリカと国際的な刑事裁判所:ローカルとグローバルとの峡間からの展望」
藤井広重
(派遣先国:ウガンダ共和国、エチオピア連邦民主共和国/海外出張期間:2020年2月2日〜23日)
はじめに
筆者の研究課題は、アフリカが外部からの介入に対し、その相互作用として外部に影響を及ぼそうとするプロセスについて理論的に捉えることである。なかでも国際的な刑事裁判所の設置に関するアフリカ諸国の政治動学を探究することで、アフリカにおける司法介入の現状と法の支配の一端を解き明かしてきた。本調査もこの一環として、アフリカと国際的な刑事裁判所との関係性をローカルおよび地域機構のようなリージョナルな視座から捉え、考察することを目的とし、ウガンダでの国際刑事裁判所(International Criminal Court:ICC)による司法介入後の被害者支援の実態や地域社会の応答ならびにアフリカ連合で議論されている国際的な刑事裁判所、地域的な刑事裁判所および移行期正義に関する取り組みについての資料収集とインタビュー調査を実施した。主な訪問先は以下の通りである。
訪問先一覧
・ウガンダ
国際刑事裁判所被害者信託基金ウガンダ事務所 (Kampala)
マケレレ大学法学部
グル高等裁判所
Center for Victims of Torture: CVT (Gulu)
AVSI Foundation (Gulu)
グル大学法学部
National Memory & Peace Documentation Centre (Kitgum)
・エチオピア
アフリカ連合日本政府代表部 (Addis Ababa)
アフリカ連合法務部、アーカイブ、ライブラリー (Addis Ababa)
ウガンダと国際刑事裁判所
(1)国際刑事裁判所による司法介入と現在
ウガンダ北部では神の抵抗軍(Lord’s Resistance Army: LRA)と呼ばれる反政府勢力が1987年から活動を展開しており、大規模な人権侵害の事例が多数報告されてきた。同国は、2002年からICCローマ規程を批准しており、2004年に自ら同国内北部の事態をICCに対し自己付託した。ICCはLRAのメンバー5名に逮捕状を発布し、2015年1月に中央アフリカにて確保されたオグウェン(Dominic Ongwen)の審理がハーグの法廷にて進められている。
ウガンダ北部の中心都市グルには、首都カンパラから舗装された道がほぼ一直線に伸びている。そして、この道は南スーダン共和国の首都ジュバまで続いている。南スーダンに向かう国際機関等の人道支援物資がこの道を使って運ばれており、過去には紛争に苦しんだ都市が現在では紛争地に物資を供給する大事な中継地点となっている。筆者はグルから車で1時間30分ほどの距離にあるキトグムに向かい、National Memory & Peace Documentation Centre(NMPDC)にて同センターの研究員とも面会した。ウガンダ北部の歴史からLRAの活動、マト・オプトなどの伝統的な和解のメカニズムの現状に至るまで幅広いトピックについて話す時間を作っていただけた。NMPDCは1999年から始まったマケレレ大学によるThe Refugee Law Project (RLP)による取り組みの一環として運営されている。本センターでは、ウガンダで発生した紛争だけでなく、現在では南スーダンでの紛争についての展示も行われている。
(2)国際刑事裁判所被害者信託基金の活動
NMPDCの研究員からは、「ウガンダ北部において現在は南スーダンからの避難民への対応が喫緊の課題ではあるものの、今もなおLRAとの紛争によって心身に影響を被った人々が多く生活していることも忘れてはならない」との話があった。このような現状に対し、ICC被害者信託基金は、現地で活動するNGOに資金を提供することで紛争の影響を受けた地域に対する支援を行っている。筆者は、ICC被害者信託基金から資金提供を受け、グルで活動している2つのNGOを訪問させていただいた。ひとつは、ウガンダ北部にて紛争の影響を受けた被害者たちに対するメンタルケアを専門としているCVT 。もうひとつは、同じように紛争の影響を受け、身体的な後遺症を患った被害者への支援(リハビリのサポート、義足の提供等)を行っているAVSI Foundation である。担当者とのインタビューを通し、ウガンダ北部での紛争が、今もなお多くの人々に負の遺産として残されていることを改めて実感することとなった。
ICC被害者信託基金はローマ規程に基づき設置されているもののICCでの刑事司法手続とは一線を画した組織である。ICC被害者信託基金は、裁判所が被告人に対する損害賠償命令を出した場合にこれを執行するreparation mandateと、ICCが管轄権を行使している紛争の影響を受けた地域に対する支援を行うassistance mandateのふたつの役割を担っている(野口 2014)。ウガンダの事例でいえば、オグウェンの倍賞に関する判決は現時点で確定していないため、reparation mandateの取り組みは行われていないが、assistance mandateによって2008年以降現地の上記NGO等に資金を提供している。筆者はICC被害者信託基金の理事長を務められた野口元郎氏から同基金本部職員を紹介いただき、2019年9月にオランダ・ハーグにてインタビューを行った。このときのネットワークから、ウガンダのカンパラにある地域事務所の職員を紹介いただき、今回の渡航にてこれまでのウガンダにおける活動と今後の展望についてのインタビューを行うことができた。ここで印象的であったのは、「活動を開始した当初とオグウェンが逮捕された当初は、ICC被害者信託基金の活動に対する懸念を示す住民もおり、対話が難しい時期もあった。だが、直接および現地NGOを通じた間接的なアウトリーチ活動にも力を入れることで、現在では多くの住民からICC被害者信託基金の活動に対し理解を得られており、受益者の多くは、ICCの刑事司法の取り組みとICC被害者信託基金の取り組みとは目的が異なることを理解してくれている」と語られたことであった
アフリカ連合と国際的な刑事裁判所
アフリカ連合は、エチオピアの首都アディスアベバに本部があり、筆者が渡航する前週の2020年2月9日、10日にアフリカ連合サミット第33回通常会期が開催されていた。訪問時、街中数カ所にて同サミットを告知し、アジェンダ2063の一環として同サミットでのメインテーマでもあった銃撲滅に関するバナーが掲げられているのを見かけた。また、筆者が宿泊したアフリカ連合から車で10分ほどに位置するホテルでも、エチオピアの国旗とともにアフリカ連合の旗が掲げられるなど、アフリカ連合のアディスアベバでの存在感は決して低いわけではないことが伺えた。
アフリカ連合では、アーカイブやライブラリーを訪問し調査資料の収集を行うとともに、アフリカ連合日本政府代表部の志水史雄大使のお力添えによりアフリカ連合法務部および同委員会副委員長との面会の機会を頂いた。アフリカ連合は、元チャドの大統領に対する国際的な刑事裁判所の設置に関与したり、ICCとは異なる地域的な刑事裁判所の設置を検討したりしている(藤井2019:2016)。インタビューを通し、アフリカ連合によるICCや国際刑事司法の規範に対するアプローチは、政治的な動機だけではなく、法的な解釈も踏まえ、アフリカの意思をアフリカ連合の場を通して形成した結果であることが改めて伺えた。アフリカ連合の役割と存在感がアフリカ内外で増していることの意義とその背景についての考察が今後ますます重要となってくるのではないかと思料される。
おわりに
今回の調査ではローカルなレベルとリージョナルなレベルからの情報を収集することで、今後、国際的な司法介入に対するアフリカのスタンスをより多角的に考察するための土台を構築する素材を揃えることができたのではないかと考えている。また、今回のインタビュー調査を通して、国際的な司法介入や特定のイシューに対し、アフリカの人々はアフリカとしての“アプローチ”やアフリカの解決策(African Solution)を重要視しているというよりは、自分たち自身で意思決定を行うプロセスそのものを非常に重要だと考えているのではないかと感じられた。この点、今後の研究にて精査していくとともに、これからもウガンダ北部とアフリカ連合からの議論に着目しながら文献による調査と関係者へのインタビューを続けていきたい。特に、ローカルな現場でいかにICC被害者信託基金の活動が受容されてきたのか、そのプロセスについてICCが平和構築の文脈で度々言及する「紛争後の社会にレガシーを構築する」との視点から分析を試みたいと考えている。また、ローカル/リージョナルな議論をまとめあげるフォーラムとしてのアフリカ連合の役割や機能についての考察を重ねていくことを計画している。貴重な調査の機会を頂き、当事務局の皆様、調査訪問を受け入れて下さった関係者の皆様に改めて心からの感謝を申し上げる。
参考文献
・野口元郎(2014)「被害者信託基金とその活動」村瀬信也、洪恵子編『国際刑事裁判所 第二版』東信堂
・藤井広重(2019)「司法および人権アフリカ裁判所設置議論の変容——国際刑事裁判所との関係性からの考察—」アフリカレポート57号61-72.
・――(2016)「国連と国際的な刑事裁判書:アフリカ連合による関与の意義、課題および展望」国連研究第17号121-148.